ある高層マンションの住人の女が、書類を書いていた。
「あっ……」
小さな悲鳴。
取り落としたペンがコロコロと転がる。デスクを伝い、ガラスを超えて、そして隙間を超えて落下し見えなくなる。
「やばっ……」
鮮血が広がる。ペンは真っ逆さまに落ちていた。地面に向けて突き刺さるように、鋭い部分を、真下にして。鮮血が広がる。止まらない。血が、止まらない。
高層マンションの住人の女が住むのは20階。空気抵抗による終端速度にもよるが、20階の高さから鋭い棒状の物体が落ちれば、そしてそれが人間に突き刺されば、ただでは済まないのは明らかだった。
しかし、彼女は落下したペンを回収し、その場を去ってしまう。
彼女が去った意図は、分からない。
そして数時間後、一向にこの放置された事故は誰の噂にもならない。
一日たっても、二日経っても。
誰にもこの事故の事は知られていないのだろうか? いや、彼女の行いは全て監視カメラに収められている。
それでも、そこに警察が来た様子も、マンションの他の住人が騒ぐ様子もない。
まるで、何者かの意志によって口止めでもされているかのように。
今更だが。
高層マンションの住人の女性は……、あの時どうするべきだったのだろうか?
彼女の表情は、果たしてどんなものだっただろうか?
それは、彼女にしか、分からない。
ヒント1: 実際にペンを落下させて実験していないので、文中の表現の厳密さは低い。
なので当出題に於いて、実際のペンの危険性と高度の関係について考察する必要は無い。
ヒント真実2: 彼女は、直に鮮血を目にしている。
ヒント3: 高層マンションの住人だからといって、常に位置エネルギー高めの場所に居るはずもない。
鮮血は、女性が書類の紙で指を切って出た血液。
女性が書類を書いているのは、マンションの地上階。
ペンは机から落ちただけ。落下地点には何もなし。
これからどうするか? 自身の傷の消毒や治療である。