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A Gloomy Part-Time Lord "X1" of a Rental Apartment Building

或る兼業大家"X1"の憂鬱

エピソード5 前半

プロローグ

 貴方には覚悟がありますか? この先の人生が、この先の真実が、今までの常識と乖離する。
 血統が、過去が、業態が。貴方の存在の不自然さを物語る。
 どれだけ目を逸らしても、その否定的事実からは逃れられない。
 だから、私はお教えしました。虚飾とは、過ちであっても間違いではないと。
 許し難き貴方は、不条理な憤りを常に感じてしまって、癒せない。
 不完全な強欲に、未熟な傲慢。そんな愚かさは、まさに貴方の『虚飾』を表している。
 それでも、貴方が拒むのならば。それでも貴方が抗うのなら。
 いずれ、また会えるでしょう。楽しみですね、X1さん。


 結局上位存在などとうモノは、居てもいなくてもよい。
 ただ、世界の法則がけるのなら。一筋の望みが持てるのなら。
 それだけで、私達は『その道』を選ぶことができたというだけ。
 苦悩くのうらして。悲哀ひあいなぐさみ。不安に理解を。そして、絶対の恐怖を。
 結局、げ替えなのだから。恐怖の対象を、諦めの利く、あるいは対抗可能な存在にするための。
 不明ふめい不可解ふかかいの、き明かし。
 これで、尊厳が保たれてしまうのだから、人間の精神というのは脆弱で。
 これで、意味付けが出来てしまうのだから、人間の存在というのは便利なものだ。
 しかし、『理解』出来てしまった。使命、役割、意義。それらの実在。
 そこまで出来るとは思わなかった。だ、のに。
 救われるとは、まさにこの事。直観ちよつかんに反する、自由な感覚。
 これが洗脳と呼ばれるものでも、それでいいと思う。
 啓蒙けいもうを受容し、蒙昧もうまいな世界へ別れを告げ。
 失ったものを、正しく失い。代わりに得たなら正しく活かす。
 安寧に至る、導きと共に。

エピソード5 耄碌する観照



 あれから一年が経った、2003年の10月。また紅葉の季節になる。
 Y1と恋人同士になってから少しした時に初デートなるものに繰り出した際の事を、X1は思い出していた。
 あの時からずっと、恋人同士であるものの彼女との身体接触は著しく少ない。
 それは、彼女からの絶対的な拒否感、或いは壁のようなものを感じるからだ。
 二人で調整して合わせた休日の街道をY1と歩きながらX1は思う。この人が自分と恋人になったのは、ただ……。
 自分が彼女の弱みか何かに付け込んだ結果に過ぎないのではないかと。
 もし、罪悪感で自分と付き合うのなら、そんな意図で自分の告白を受け入れないで欲しかったとすら思う。
 しかし、彼はそう思い立つ度に思い出す。
 それでも、自分は彼女と共に居たいと。彼女を自分の元に留めておきたいと、そう決意したのではなかったのかと。
 しかし、なら何故。ともX1は思う。何故、彼女は自分のような存在の告白を受けたのか?
 普段の彼女はX1には遠すぎて、罪悪感なんてもので縛り付けられるような女性なのかどうかすら、彼には分からない。
 もし、自分が彼女の暇潰しなら、それでいい。しかし、もし自分が彼女の若い時分を奪ってしまっていたのなら。
 この四年間を、或いはこれからを。今度は自分自身が罪悪感と共に生きていく。
 この感情を何と呼ぶのか……、彼にはまだ、分からなかった。
「どうしましたか、X1さん。……上の空ですか? 私が道を調べていなければ大変なことになってましたね」
 X1はY1の声で現実に引き戻される。今、まさに彼女との十回目のデート中なのだ。
「あ……ああ、ありがとうございます。Y1さん。……すみません、俺が見つけた場所なのに、案内させてしまって」
「もう、怒ってません。辛そうな顔を見ていたら、そんな気は失せましたから。それに、私は貴方が行きたい場所に行きたいんです。私の行きたい場所は、もう殆ど残っていませんからね」
 そう呟いて何処へとなく微笑むY1に、X1は胸中凝る様な虚無感を覚える。体の一部でも何処かに置いてきたかのような彼女の表情に、彼は訳も分からず悲しくなった。
「すみません……」X1は思わず繰り返し謝ってしまう。そんな彼の暗雲を払うように、Y1は歩きながら今度は元気な笑みを浮かべる。
「何で貴方が申し訳なさそうにしているんですか……。それに、ほら。今日私は一度もX1さんの笑顔を見ていません。見たいので、見せてください」
 不意を突かれ、X1は一瞬たじろぐ。その笑顔に救われてばかりの気がして、つい、目を逸らした。
「あ、笑いましたね」「え……?」
 目を、顔を向けていないのに。自分でも分からないのに。彼女は彼の心の内を読むような事を時々いう。
 だから、情けなくて、馬鹿らしくなって、今度は彼は自分でも解るほどに笑みを浮かべてしまう。
「笑ってませんよ、今笑ったんです」「どっちでもいいです。貴方が笑ってくれるなら、どっちでも」
 しかし……、と彼女は続ける。今度はY1の方が少し不満げだ。
「いつまで経っても、X1さんの敬語は抜けませんね。貴方が切り替えるまで、私もこのままですからね、絶対」
 そんなY1の言葉に、X1も思わず眉をしかめてしまう。
「俺はそういうオンオフはっきり、みたいなの苦手なんです。普段から丁寧語位が丁度良いんですよ」
「まあ、分かります。私もそうですから」「え?」
 意表を突かれつつも聞き間違いかと思い、X1はもう一度訊いてみる。すると。
「え? 私が男に変装している時も今も、全然口調変わってないでしょう? そういうの、苦手で」
 聞いて、X1は確かに……、と一瞬納得しかけたが土台が違う話で納得感は立ちどころに吹き飛んだ。
「ハハハッ……貴女のそれと一緒にされると、なんか、おかしいですね、変な感じで。……ハハ」
「ハア……、失礼な人ですね。そんなこと言われると、私でも、傷つきますよ?」
 Y1は溜息をつくと。再び前を見て歩き出す。
 そして、ぽつりと。
「まあ、そんな貴方だから、いいんですけどね」
 X1も、そんな彼女の背中を追って前を向く。
 彼女とのデートは楽しい。彼女と過ごす時間は尊いものだ。だからこそ……。
 何故か、このままでいいのだろうか? という不自然な疑問がX1の頭蓋ずがいを満たす。
 幸せな日常。平穏な日々。ちょっとした問題に付き合いつつの、それでも無理のない毎日。
 その何が悪いのだろうか。その何が不安なのだろうか。自分の不安が彼女に伝わらないだろうか。
 彼女との一日一日が、X1には相応ふさわしくないものに思える。それはくらいの違い。覚悟の違い。そのような何か。
 それもそのはず。何故なら、彼は。
「あ、見えてきましたよ」
 そう言われて前を見ると、確かにそこにはお洒落なカフェがあった。
 X1とY1が探してきたのは、隠れ家的カフェ。大通りから外れた、路地の先にぽつりと佇むそこは一見すると古民家のようで、しかし中に入ると現代的なモダンな雰囲気が漂う場所だった。
「写真で見るより凄いですね……」
 店の外観を見ながらX1はそう言った。横でY1は、少し驚いた顔をする。
「X1さんって、センスいいんですね」
 X1は店に向かいながら応える。
「それ、今日はすごく嬉しいです」
 その言葉に、彼女は一瞬目を見開いてから、くすっと笑ってX1を小突くような仕草をした。
 X1はそれをやましく思いつつも、彼女に続いてカフェの扉を潜った――。
 店内は煉瓦の壁に囲まれており、床は温かみのある板張りだ。
 そして何よりも目を引くのが天井に描かれた大きな絵。
 それはどこか遠い異国の地の風景を描いたもので、窓から差す光と相まって本当に異世界にでも迷い込んだかのような錯覚を覚えるほどだ。
「……こういう所に入ろうと思ったことが無かったので、初めてで……」
 店内をクルクルと見渡すY1が、普段の彼女らしくもなく感慨に耽る。
「私、こういうの、好きです」
 そんな様子がX1には珍しく映り、店選びは間違っていなかったのかな。と安心する。
「そうなんですか?良かったです」
「はい……、見つけてきてくれて有難うございます」
 嬉しそうに微笑むY1。
 そんな彼女がどこかいつもよりも幼く儚げに見えてしまい、X1は不意に郷愁に駆られた。
 先に席に着いたY1がメニューを手に取ろうとする。が、そのまま固まってしまった。
「どうしたんですか?」
 不思議に思いX1もメニューを覗き込むと……、そこには可愛らしいフォントで『カップル限定!』と書かれたメニューがあった。
 そんな文字を見てY1は顔を赤くする。しかしそれも一瞬のことで、彼女は何事もなかったかのように涼しい顔でそのメニューをパタンと閉じる。
 が、その耳は真っ赤だったのをX1は見逃さなかったが……、あえて口にはせず、同じメニューを手に取る。
 するとそれを見たY1が一瞬目を見開いてから、また平静を装っている振りをしつつ、そっぽを向いたまま呟く。
「その……お洒落なカフェって初めて入ったので……こういうものなのでしょうか……?」
 そんな様子を見てX1は思わず笑ってしまう。
「……なんですか」
 Y1はぶっきらぼうにX1を睨み付ける。窓からの昼光に照らされる彼女を見つめながらX1は答える。
「いや、別に。こういうメニューは珍しいですよ。私も初めて見ました。でも、せっかくだから試してみませんか?」
「そうですね……。じゃあ、そうしましょう。せっかくなので」
 Y1は少し俯いてメニューをテーブルに置くと、上目遣いでX1の事を見た。
 X1も思わず息を呑むが、そこでふとY1の頬に赤みが増した気がした。
「どうしたんですか?」「……いえ! 何でもないです!」
 X1が問いかけると彼女は明らかに動揺した様子で答えた。
「Y1さん……本当にどうしましたか?」
 X1は不思議に思って首を傾げると、Y1は慌てたように誤魔化す言葉を口にする。
「いえ、気にしないでください。私がちょっと変なことを考えていただけです。X1さんは慣れているのですね……」
 Y1の言葉に、やっとメニューに目を通し始めたX1は今更の様に、彼女が何を考えたのかを察し、同様に顔を赤くする。
 理由は理由は一目瞭然。その恋人限定のメニューには、『サプライズと共に楽しむシェアパフェ』や『恋の占いハーブティー』などで、さらに。
 店員の写真撮影サービス付きとかいう、如何にも玄人くろうとカップル向けの商品が並んでいたのだ。
「い……いいや……流石に、これは……。やめときましょう」
「そうですね……」
 その内に来た店員に、二人は無難なパンケーキなどのメニューをお願いする。
 Y1はX1の緊張が解けた隙に、こっそりとそれらを注文しようと口を開いたが、すぐに顔を真っ赤にしたX1に阻止された。
 X1は溜息をつくと彼女を窘める様に首を横に振った。
 X1の態度に彼女は頬を膨らませると、不貞腐れたようにストローでアイスコーヒーを飲む。
 そんな彼女を横目に見ながらX1は思う。
 結局……自分が恋をしているかなんて分からない。彼女も、そうなのだろうか、と。

「…………」
 いつもこうだ。
 この状況には何度か覚えがある。
「…………」
 何度か行われたことのある二人きりのデート。そんな時、こういった落ち着いた雰囲気になることはしばしば存在する。
 しかし決まって、このように会話がなくなってしまうのだ。
 改まって話す機会があっても、X1は彼女に何を話せばいいのかわからない。
 そもそも数か月間一緒に暮らしているようなもので、その上今はデート中。
 何時もしているような、悩み多き憂鬱な表情はこの時ばかりは状況に反するのだ。
 でも、それでも、彼女は家でも、今も笑顔で居てくれる。まるで、X1の沈みがちな気持ちを補うように。
 それに、こんな時間に懲りるどころか率先してデートスポットを一緒に一緒に探してくれたりもする。
 だから久しぶりに、X1は珍しく一人で見つけたこのカフェへ連れてくる筈だったのに。
 結局道半ばで迷子になり、彼女の誘導に頼ることになって……
「X1さん?」
 そんなことを考えていたら、自然と彼女の顔を見詰めてしまっていたようだ。
 声を掛けられたX1は、慌てて返事をすると笑顔を取り繕う。
 すると彼女もまた、笑顔で応えてくれるのだった。
「ああ、すみません。ここ最近のことを思い出していて」「そうですか」
 Y1はX1にクスリと笑うと、またストローを唇で触れる。
 X1もまた、そんな彼女を見て微笑み返すとパンケーキを一切れ食べる。
「そういえば……最近お仕事の方はどうですか?」
「……え? ああ……」
 X1は一瞬口ごもると、少し考えてからまた口を開く。
「まあ、それなりですね。残念なことに」「そうですか……上手くいっていますか?」「……ええ」
 X1は曖昧に微笑むと、コーヒーカップを口に運ぶ。
 その反応を見逃さなかったのか、Y1は「何かあったのですか?」と小声で問いかけた。
 X1は少し驚いた顔をした後、すぐに表情を戻して言う。
「いえ、あの時の事って俺にとってそんなにショックじゃなかったんだなと思って……」
 Y1は少々訝しむ様子を見せたが、それ以上追及しようという気はないらしく再びコーヒーとパンケーキに向き直った。
「ふふ、シンプルで美味しいですねこれ」
 X1はその様子を見て内心ほっとしながら言う。
「そうですね……美味しいです」
 Y1もX1の反応を窺いながら、パンケーキを口に運んでいく。

 X1の勤めているM不動産カスタマー部での一件。
 あれは、M2という食わせ者を取り巻く一連の泥沼だったのではないかとX1は考えている。
 M2が詳細なクラックの場所を記載した資料を隠し持っていた理由。
 態々わざわざ屋上で自分とM4が色水を流していた時に現れたのも、少々不自然だ。
 何よりM2自身のスキルと社内評価の乖離かいりも違和感だった。
 X1は思う。Y1という目の前の女性を見ていると何だかんだで曖昧になるが、M2という人間も十分異常だ。もしあの時、自分が事態の収拾に向かって動いていなければどうなっていただろうか。
「……」
 X1は首を横に振ると余計な考えを振り払った。今考えるべき事はそれではない。
「……そういえば」
 そんな時、ふと思いついたようにY1が口を開く。
「X1さん、T社が立て直しを図っているそうです。しぶといですね、あそこも」
「T社が……知りませんでした。まあ今度は、アットホームが売りの誠実な会社として生まれ変わることに期待しましょう」
「そうですね」

 T社の。というよりT1に纏わる一件は、違和感というよりは只々ただただ心理的に鈍重どんじゅうな体験だった。
 後からY1から聞いた、彼女が潜入中にT社の社長が発したらしい言葉がX1の頭の中に残っている。
 『お前はもう交通事故で死んだんだ』
 これはT1に変装したY1に対しての発言だ。つまり、社長であるT2がT1に対して言ったという事と同義なのではないのか。
 T1は死んでいた? そんな訳はない。では、どういうことなのか。
 交通事故。思えば『丙社被害者の会メンバー』D2の友人が、何よりT社に関する事柄の最中に事故を起こしたのではなかったか。
 T社にクレームをつけても『当社にはそのような名前の社員はおりません』と返される、かすみのような男、T1。
 彼は、本当に存在していたのか。今となっては、全ての真実は、土砂と燃えカスの中なのか。

「T社のことは、あまり思い出したくないことでしたね。すみません」
 どうやら考え込んでしまっていたらしいX1に向かって、Y1は手元のコーヒーカップを回しながら、謝罪を口にする。
「こちらこそ、すみません。流石にあれは衝撃的だったので」
 Y1はX1の返答に安堵した様子で、最後に残ったコーヒーを飲み干す。
 X1もコーヒーを飲むと、一息ついて窓の外を見る。陽射しが直接差し込み、少し眩しい。
「……そろそろ出ましょうか」Y1がそんなX1の様子を見て言った。
「そうですね……。まだ、Y1さんは時間ありますよね?」
 X1は財布を取り出すと、ニコニコの店員に料金を支払いに向かいながら提案する。
「あ、はい!大丈夫ですよ」
 Y1が弾んだ声で返事をしたのを確認すると、X1は微笑む。
「じゃあ、今日は奢らせてください。俺の誘いなので」
 X1はそう言って支払いを済ませる。Y1も慌てて自分の分を出そうとX1の後を追うが、「次の機会に」と言われると彼女は静々と引き下がった。
 そのまま二人は店を出ると、次の目的地に向かって歩き出す。X1はこんな時でもないと行かないであろう場所に目をつけていたのだ。
「X1さんは……その、私でいいんですか?」
 X1の数歩後ろから歩くY1が尋ねる。
「どういう意味ですか?」
「……いえ、やっぱり何でもないです」
 X1は怪訝そうな表情を浮かべると立ち止まり、振り返った。
 Y1もまた足を止めるとX1の目を見る。その瞳にはどこか不安そうな色が浮かんでいるように思えた。
「もしかして、後悔、してます?俺の告白を、受けたこと」
「あ、いえ、違うんです。そういうことでは……」
 X1の言葉にY1はそっぽを向いて否定する。Y1の返答を聞いたX1は訝しく思いながらも、再び歩き出し……。
「本当に?」
 X1の問いにY1は少しの間黙り込んだが、やがて小さく頷いた。
「……はい。……それでも、時々、思います。こうして、普通の恋人みたいに振る舞うのはとても幸せなことです。けど、分かっているんです。全部、私の我儘わがままにX1さんを付き合わせているんだって……」
「いいえ」
「え?」
 X1の即答にY1は驚いた表情で聞き返す。
「いいえ。そんなことは、ありません」
 X1は静かな口調で続けた。
「これは我儘わがままなんかじゃないですよ、Y1さん。貴女がどう思っていようが、俺は、今日のデートに貴女を誘ったことを、御付き合いを始めたいと伝えたことを、間違いだとは思わない」
「X1さん」
「今はまだ、ぎこちないかもしれない。雰囲気だけで歩んでいるかもしれない。でも、だからってそんな理由で、俺がY1さんとの生活つながりを手放すわけ、ないです」
「X1さん……」
 X1の言葉一つ一つを噛み締めるように聞いていたY1は、やがてその目に涙を浮かべ――、一秒後には引き込まれる様にX1の腕の中に居た。
 Y1は少し驚いたような顔をするが、すぐに穏やかな表情に戻ると、彼の背中に手を回す。
「だから、疑わないで。勝手に……あの時の決断を、嘘にしないで」
「……はい、X1さん」
 Y1はX1の腕の中で小さく首を縦に振った。
「それで、ですね……」「……?」
 胸の辺りから聞こえる少しくぐもったY1の声に、X1は不思議そうに聞き返す。
「そろそろ、いいですか?ここ、往来なので……凄く、視線を感じます。さっきから、でしたけど」
「そ、そうですね。……それに、目的地はもうすぐそこですから」
 X1は慌ててY1から離れると、少し先にある豪奢な美術館を指差す。X1は「いきなり、すみませんでした」と頭を掻くと、二人は歩みを進めた。
 美術館に入ると、中は薄暗かった。それもそのはず。ここは影絵美術館だ。
 入場口に説明書きがある。
「ここの概要ですね……。『影絵美術館は、影絵の世界を楽しめる美術館です。館内は、一面が無数の影で彩られ、影でありながら、美しい立体的な世界となっています。』だ、そうです」
「『影でありながら、立体』? 何だか……不思議な感じですね」
「……そうですね」
 受付でニコニコした係員に入場料を支払い中に入る。平日の午後だからか、客がいない。
 二人はしばらくゆっくりと展示を回っていくことにした。
 辺りを見渡すと、確かにX1の読み上げた説明通り、全てのオブジェクトが影であり、どこか現実から一歩外れたような不思議な感覚に二人は包まれた。
「X1さんは、影絵、好きなんですか?」ふとY1が尋ねてきた。
 X1は少し考えた後、首を横に振る。
「いいえ……興味はありますが、そこまでは……ですね……」
「ふふ、そうなんですね。なんだかX1さんらしいです」
 Y1はそう言って笑うと、再び展示物を眺め始めた。
 X1もならって展示物を眺める。
 確かに、影絵は見ているとどこか曖昧で、現実感の乏しいものだと感じられた。
 それでもそのどこか幻想的な世界に浸る感覚はどこか心地よく、X1もまた穏やかな気分になっていた。
 展示されている影絵の数々を鑑賞しながら歩いていると、Y1が不意に立ち止まる。
「Y1さん?」
 X1も立ち止まって彼女の方を向くと、彼女は一つの展示物に魅入られていた。
「見てください、X1さん」
 Y1が指さした先にあったのは、『輪郭の二面』と書かれたパネルだ。
 その作品の照明は操作可能で、照らす方向を二方向から選べるらしい。
「これは……すごいですね」
「この像は、不安になります」「そうかもしれません。何か、明かしてはならないものを、照らしてしまっているみたいで」
 Y1とX1は、それでも魅入られたように、その立体物を眺める。
「影絵って、平面的なモノって感じがしてましたけど、それでも、元は立体的なものが演じるんですよね。当たり前ですけど」
「ほんとだ。……なんだか、とても奇妙な気分です。ただ、三次元の物体が二次元に落とし込められている、だけなのに」

 それから二十分足らずでついにこの美術館の最大展示物に辿り着いた。『文明定理』と題されたそれは、巨大な壁一面に投影された無数の影絵だった。

 

 

「これはまた……凄いですね……」「……ええ」
 X1の言葉にY1は伏し目がちに小さく頷き返す。
 X1はその迫力に圧倒されていた。
「これは」「……?」
 緊張した様子で、Y1が言う。
「これは、人間の作り出す法則のカオスを、もっともらしく投影したものです」
「Y1さん、この作品を知っているんですか?」「ええ、このような作品を作りそうな人を知っていて」
「その人なんですかね……これを作ったのは。でも、この中央にある二つの瞳の影は、こちらが見られているようで、ぞっとします」
「X1さん。ここのこと、何処でどうやって知りました?」
 X1は、彼女がどうしてそのような質問をするのか、わからない。
「それは……その、家の郵便受けに入ってたチラシからですけど……、一応、あのカフェも……」
「……そろそろ、行きましょうか」
 Y1はそう言って再び歩を進め始める。
 X1もそれに倣った。しかし、次の展示物に辿り着く直前でY1の歩みが止まる。
 そして、彼の方に振り返る。
「今の内に言っておきます。X1さん……今日は……」
 その瞬間、彼女の姿が目の前から消失する。
 全てが瞳の裏側へと反転する。そこにあった巨大な作品も、照らしていた照明も、目の前の彼女も、虚栄の闇に掻き消される。
 だれもいないのか?
「Y1さん!! どこに!」
 何もできない。暗闇では。何も見えないから、それだけで、確認可能な全てを失う。
「いや……!」
 気づくとすぐさまX1はポケットの携帯電話を手首のスナップのみで開き、画面の明かりで手元を照らす。
 その弱々しい光源では周囲は照らせないが、すぐ近くにちゃんと人が居る事が分かる。それは。
「Y1さん……? じゃない……誰だ!!」
 身振りの音。次に強烈な光の反射がX1の視界を明かし、目を眩ませる。
 目が暗む。衝撃に、視線に、その悪意に、意識が、視界が、目が眩む。
 目が、大量の眼が、X1を見ていた。
「ああああああ! 何が……何で、変わって? いる!!」
 先ほどまでY1と彼が見ていた『文明定理』が変貌している。
 二つだった目が。全部の影が目になっている。全てを監視せんと張り巡らされた、隠された意思に。
 ――X1の膝はガクガクと震えていた。

「そうか……これも、照らす位置で像が変わるタイプの作品……!」
 少しでも目の前の情景を、解釈しようと努めたX1の精一杯の理解。その怯え混じりの声に重ねるように。
「そうです。我々の素敵な協力関係。その鮮やかな象徴です」
 落ち着き払った男性の説明が差し込まれる。
「貴様……! Z1!!」
「ええ、お久しぶりです。X1さん。美術館は、お楽しみ頂けましたか?」
 そこにいたのは、以前X1の前に現れた、リフォーム会社であった丙社の社員。Z1であった。
「ふざけるな……、お前今度は何を企んでいる……」
 X1は額に汗を滲ませながら、その優男を睨みつける。
「さて? 『企み』とはお言葉ですね?」
 Z1はおどけた口調でそう告げると、つばの巻き上がった帽子をかしげつつ、余裕ありげに笑みを浮かべた。
「あんたが、俺の家の郵便受けにチラシを!?」
「もちろんです。お連れのY1さんと幸せなデートでもと思い、ご招待差し上げたのです。ああ……それと……あの時とは随分とキャラが違うみたいですけれど?」
「……お前……!」
「そう睨まないでください。あんなにも助言を受け入れて下さったではないですか」
「騙されたんだ!!」「この……Y1という女にでしょう?」
 Z1はそう言うと何かを慈しむように撫でる。そうしてX1の意識はその向こうへ向けられる。
「…………、そ、そうだ! Y1さん」
「そうですね、彼女がお大事ですよね、勿論です」
 Z1が一歩横に逸れると、その陰で数人の仮面姿の男に腕を抱えられ気絶させられている、Y1の姿があった。
「Y1さん!! クソ……絶対に許さないからな!お前のやり方は!」
 X1は携帯電話を操作すると、すぐさま警察へと連絡を入れる。が、電話口の向こうからは何故か笑い声しか聞こえて来ない。
「ご安心くださいX1さん。手荒な真似はしませんから」
「何なんだお前!!何が目的なんだ、何のために!!」
 X1は叫んだ。Z1は能面で、抑揚のない口調で告げる。
「人間社会に於いて、縁とは切っても切れないものです。目立てば敵も増える。この文明社会で生きるなら、多少のリスクは付き物ですよ、X1さん」
 Z1は仮面の男たちに指示し、X1を床へ押し倒すとそのまま拘束する。
「ああ! クソッ!! クソッ!!」
 X1は何度も力任せに腕や足を動かそうと試みるが、縄か何かで縛られているらしくビクともしない。それどころか段々と痛みが増してきて、動かせば動かすほど体力を消耗していくばかりだった。
 しかしそれでも諦めきれずに、彼は目の前が真っ暗になるほど力を振り絞る。
「X1さん!!」
「Y1さん!?」
 と、そこにY1の声が届き、X1の興奮がそれで醒める。
「X1さん……お願いです。もう無理しないで」
 仮面の男たちに脇を抑えられたY1は、ぐったりとしていた。それを見たX1は一瞬言葉を失った。
「Y1さん……ッ、どうして」
 Y1は、前方を睨み付けながら口を開く。
「Z1……貴方の目的は私でしょう。X1さんは、関係ありません。彼を解放しなさい」
「多少の誤解が在るようですが、私も楽しみ過ぎましたね。分かりました。これ以上親愛なるX1さんを困らせるのも本意ではない。ですが当然、X1さんも無関係な訳が無い」
「黙れ!! 貴様はY1さんを放せ!! どうして……こんなの、全然おかしい。変だ、状況もお前らも、何もかも全部狂ってる!」
「ええ、これこそがただしく『異常』なんです。まさしく、その通りで」
 何故かそのX1の問いに、Y1が悲しげな声音で応える。
「Y1さん? なにを……訳のわからない事を……」
「でも、X1さん。誰もが正しさの中に居られる訳じゃない。貴方も、無茶なことをしてきた自覚、ありますよね?」
「何で……Y1さん、どうして今そんな話を……」
「私はこの方々と少しお話をするだけです……。ですが、ごめんなさい、X1さん。今日は、すぐに帰れそうにありません。だから、せめて、貴方は無事で……」
 Z1は仮面の男たちに縛られているX1に歩み寄ると、その頬を撫でる。
「触るな!! 気色悪い……やっぱり変態か!! クソッ、Y1さん!!」
「残念。そろそろ閉館時間です。では『37かん』? 彼を、『正常』な世界へと還してあげてください」
「はい。『5観』様。発出――『潜在、第37の聖告』。彼の日常を『正常化』します――」
 仮面の男の一人が前に進み出て、その長身に似合わぬしわがれた声で恭しくそう口にし、室内であるにも拘らず、その身に纏う黒いローブをはためかせる。
 地面のX1は荒い呼吸と共に何故か薄れていく意識の中、Z1が仲間と同じような仮面を付けながら気を失いつつあるY1を連れ去る光景が脳裏に焼き付く。
「本日は、当影絵美術館に御来館頂きありがとうございました。御帰りの御案内をさせて頂きます……。またお会いしましょう、X1さん?」
「このッ!! 貴様だけは、絶対にブッ倒してやるからな!!」
 X1は消えゆく意識の中でZ1に叫んだ。しかしその声はどこにも届くことは無かった。



「あ……あれ?俺、何で家に……?」
 意識が戻れば、そこは自宅のベッドだった。
 X1は壁を背に座り込むと、目を擦る。自分の体は汗だくで、先ほどまでの悪夢が嘘のような日常感。時計を見れば時刻は午後8時15分を指している。
 窓の外は涼やかな、夜空だ。
「……え? 夢……?でも俺は……確か、あの変な美術館に……」
 自分の湿った両手を見下ろしながらぶつぶつと呟く。もう数時間前になるらしい出来事が脳裏を駆け巡る。
 Z1の言葉、Y1との妙な会話内容。Z1に囚われたY1の様子。それら全てはX1にとってまるで現実味がなく、その実感が湧かない。
 しかし、それは紛う事なき事実だと彼には解る。
「そうだ……Y1さんは?」
 X1は携帯電話を操作しようとする。が、電源すら入らない。完全に充電が切れたかのようであった。
「なら、固定電話で……!」
 彼が駆けだそうとした、次の瞬間。足元から、その直感が、慣れ親しみ過ぎた危険信号を発する。
「うわっ、こんな時に!」
 地面が僅かに突き上がり、X1の火照った脳を揺らす。大したことのない、平凡な地震。だが、それでも。
「……! 何だ!!」
 突如として工事現場でしか聞いたことのないような、石が崩れる音を確かにX1は耳にする。それも、ほど近く、まさに、彼の寝室の窓の直下で。
「大変だ……」
 X1はとりあえず窓を見に向かう。幸い地震は震度4程度、建物にも人体にも損傷が出るような規模の揺れではない。
「Y1さん……、無事で。あれが夢であってくれ」
 祈るような気持ちで、揺れる夜風を裂きながら彼は階下にあるY1の部屋へ向かう。
「あら? 大家さん?」
 階段の途中、一階に来ていた誰かに声をかけられる。
「あ!済みません、俺ッ……私、今急いでて!」「大家さん!!」
 玄関に急いで向かい、Y1の部屋の鍵を開けようとするが、その背後からの呼びかけの深刻さに振り返る。
「こっち。来て下さい」
 そこに居たのは点灯した懐中電灯片手に、心配そうに顔をしかめるお婆さんだった。思えば彼女は、隣の土地に住んでいる老夫婦の奥さんの方である。
 どうやら先ほど何かが崩れるような音がしたので、気になって来たたらしい。
 強引な人だな、とX1はお婆さんに言われるまま甲物件の外に出る。
「おーい、大家さん!」
 X1が外に出てすぐに、上の方から声を掛けられた。そこには甲物件の住人達が首をかしげながら恐る恐る窓から外を見下ろしている。
「あの、今下で何か起きませんでしたか? すごい音が聞こえて……」
 住人達の言葉にX1は眉を寄せる。嫌な予感が増したからだ。
 彼は住人達に会釈すると急いで隣の家の住人であるお婆さんと、敷地境界線に向かう。そこには。
「あらら……。これ、そちらのかたが勝手に建てた塀でしょ? ちゃんと片付けておいて下さいね。ああ、怪我人が出なくて良かったわ」
 バラバラに無残な瓦礫となっているブロック塀があった。
 よく見ればそれは、鉄筋の入っていない粗末なモノで、地面に乗っていただけの四段積み。だが、それらは見事に崩れていて。
「これって……地震で……? ブロックの質はそんなに古くなさそうなのに……」
「邪魔だった上に、十数年で崩れるって……ヤワですねぇ。こっちに倒れて来なくてよかったわ。この程度なら後片付けも簡単でしょう? じゃあ私はこれで。お休みなさいね」
 と、お婆さんはそれだけ言うとそのまま立ち去ってしまう。X1はそれを呆然と見送ることしか出来なかった。
「……やっぱり夢だったんだよな、あんなの」
 X1は自分を納得させるように呟き、気を取り直すとY1の部屋に向かうことにした。しかし部屋の中には何処にも誰もいない。
「夢、だったんだよな?」
 X1は自室に帰ってくると、ふと玄関脇の郵便受けに目をやる。そこには一枚の便箋が入っている。
 『X1さんへ』と整った字で書かれた手紙の内容はこれだけだった。
 『X1さんへ。心配しないで』
 その文章はあまりに短く、見た目以上の内容がまるで無い。だが、彼は直感した。
 これはY1の言葉であると。


 その後、X1はもう一度美術館に向かったりY1の捜索を警察に依頼するが、美術館は休館扱いで完全に閉鎖されており、警察はX1とY1の関係が曖昧だとか、失踪から大して時間が経っていないだとかで真面目に取り合ってくれなかった。

 更に数日後、X1の元に手紙が届いた。
 『X1さんへ。大丈夫。安心して』
「ああ、分かったよY1さん。俺は、俺に出来ることをするから、安心して、いつでも帰ってきてくれ」

 X1は、いつも通りに仕事に行くため自宅である甲物件を出る。門を出て前面道路を駅側に曲がると背後から気配。
 その嫌な予感に従って振り向くと、そこには気障な帽子を被った一人の男性が立っていた。
「貴様か、変態Z1。俺は仕事に行くんだ。立ち話なら遠慮させて貰う」
 X1は、Z1を無視して立ち去ろうとする。だが、Z1は後ろからついてきた。
「つれないですね。それに、あのブロック塀。災難でしたね?」
 厭味いやみったらしい態度のZ1。言葉に含まれた同情的とも取れる文言を台無しにするウザったらしさだ。
「貴様には関係ない」それに、X1はぶっきらぼうに答える。
「ああそうか。彼女さんの意見を聞かないと、貴方、なあんにも出来ないんでしたね?」
五月蠅うるさい!!」
 反射的にX1は書類用鞄のポケットに手を突っ込み、中の物を抜き出そうとするが、ぎりぎりの所で自制し手を押し留めた。
「おお、危ないあぶない。その鞄の中の警棒で、私に何をするつもりだったんですか? 素人が武器を使おうなんて、滅多なことをするもんじゃないですよ? いやいや、こわいこわい……」
 目深に被った黒い帽子を、右手で摘まみながら、ニヤリと笑うZ1。その様子に憤りを覚えながらも、X1は踵を返し、通勤路を歩き直す。Z1も、当然の如くその横に並んでついてくる。
「それにしても、あの崩れたブロック塀、どうする御積りで?」
「……何だ? 何が言いたい」頑固に正面に向かって歩きつつ、X1は訊く。
「いざ彼女さんが帰ってきた時、あんな状態にある我が家に、貴方、胸を張って恋人を迎えられるんですか?」
 X1の歩みが止まる。
「……黙れ。貴様に俺達の何が解る」
 X1は素早く振り返りZ1の胸倉を掴むと、そのまま近場の壁に押し付ける。X1の勢いによって、Z1は強く壁に叩きつけられる。
「ぐふっ……ふふっ……そうです。その調子です」
 Z1の不気味な微笑みに、X1は思わず手を離す。Z1は今一度X1に微笑みかけるが、その様子はひどく不気味だった。
「貴様……!! また何か企んでいるのか、クソッ!!」
「どうですかね。ただ、いい指標です。私もX1さんの気持を汲んで、心配こころくばりと参りましょう」
 Z1はX1に顔を寄せると、彼にしか聞こえないように囁く。
「彼女さんに……もう一度会いたいですよね? 勿論、このZ1が、必ず貴方の元にお返ししましょう」
「何?」
 X1は思わず彼の発言の真意を推し量る。
「ふふっ、ただし。あのブロック塀に纏わる問題が全て解決したら、ですけどね」
「貴様……」
 X1はZ1を睨みつけるが、彼は意に介さずニヤニヤと笑っている。
「楽しみですね。Y1が貴方の元に帰って来るのに、一体どれだけの期間を要するのか……アッハハハハアハ!!」
 それだけ言うと、Z1は笑いながらその場から元の道に去って行く。
 X1はしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。

 後半へ続く――

エピソード5 後半 予告編



 デートから一人で帰ることとなったX1の身に、次の災難が降りかかった。

 震度四の地震
 崩落音

 そして、後ろから掛かる疎ましき声――

 しかし、そんなものは今回の災いのほんの序章に過ぎなかった。

 連絡のつかない地主
 隣の老夫婦

「だから、私らは『塀を建てたのが誰か』なんて話を忘れる。いいかい? G4……」「ええ……いいですよ。仕様がないねぇ……」

 脆過ぎるコンクリートブロック塀
 幻想の彼女

「ほら……もう、大丈夫です。全部……私に任せてください」「……そうは、いかない」

 そして、目の覚めた先の現実さえ、X1を歓迎しない。

 『御影方陣』
 優先電話交換機構
 優先エレベーター
 東京『優先』法務局

「そ、そんな……そんなこと、出来る訳が無い……。現実に起こる訳が無い……」

 迫りくる恐怖が、現実と虚飾の境界線を、越境する。

「嫌だああああ!! 誰か助けてくれえええ!!」

 そして、『彼』の全てが書き換わる。

 エピソード5 耄碌する観照 後半 ご期待下さい。